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横井先生の記事

広島高裁の選挙無効判決について

昨年12月の衆院選の広島1区と2区について、広島高裁が選挙を無効とする判決を下しました。

とうとう来たか、という感じです。

各高裁で判断が分かれており、最高裁の判断が注目されます。

 

衆院解散直前(昨年11月26日)の公職選挙法の改正により、1人別枠方式は法的に廃止されましたが、定数を「0増5減」にとどめただけで、実質的に廃止されたとは言い難い状況です。

お茶を濁したような改正で1票の格差の問題が解決するものではありません。

放置すれば、最高裁も選挙無効の判決を出すのではないでしょうか。

 

定数改正は、国会議員の自らの首がかかっているので、議論はなかなか進みません。

「0増5減」とか「比例の定数削減」などといった国民のご機嫌取りの減員ばかりが議論されますが、国会は堂々と「複雑化する国内外の問題に的確に対処し、グローバル社会を生き抜くためには国会議員の増員が必要である。」と言えばよいのではないでしょうか。

1票間格差のある選挙区の定数を増やして格差を埋めればよいのです。

 

近年、素人を前面に立てた諮問会議、審議会、第三者委員会等がもてはやされ、政策決定に重大な影響力を及ぼしていますが、こちらの方が深刻な問題だと思います。

(司法制度改革審議会が一連の司法改悪を招いたことは周知の事実です。ただし、専門的判断を要することにつきプロ集団の意見を聞くというなら別です)。

削減すべきは、政治的責任を負わない素人委員です。

そろそろ素人支配・ポピュリズム政治から脱却すべきではないでしょうか。

 

ところで、判決要旨には、「衆院は議員の任期や解散制度の存在などに鑑み、常に的確に国民の意思を反映することが求められている。…民主的政治過程のゆがみを是正する必要性は高く、国会の広範な裁量権は制約を受けるべきだ。」などとあります。

 

とはいっても的確に国民の意思を反映させるのは簡単なことではありません。

 

有権者の意思を忠実に反映させようとするならば、得票に比例して議席を配分する比例代表制が一番好ましいということになるはずです。

しかし、選挙の結果として明確に政権の所在が決まりにくいという欠点があります。

 

その対極に位置するのが、1票でも多く取った候補者が当選する小選挙区制です。

死票が多く出て、得票の分布と議席の配分にアンバランスが生じることに欠点があるのですが、政権交代が生じやすく政権の所在が明確に決まります。衆院選挙を通して首相を選ぶということが実質的に可能となる制度です。

 

自民党は比例代表の定数を30減らし150とした上で、うち60を「中小政党枠」として得票数2位以下の政党に割り振る改革案をまとめています。

私は改悪以外の何物でもないと思います。

中小政党枠の導入は、得票数第1党と第2党との1票の価値に不平等が生じる点で現行憲法に違反するように思われます。

公明党などに配慮することで理解を得る党利党略の狙いが透けて見えます。

 

現在の衆院選の小選挙区比例代表並立制は、小選挙区制と比例代表制を組み合わせて短所を打ち消しあった絶妙の制度なのであり、1票間格差をなくすべく大胆に定数配分を是正するのが一番良いのだと思います。

(横井盛也)

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後日追記:この記事を書いている最中に広島高裁岡山支部でも選挙無効の判決が出たようです。即時無効を言い渡したもので、広島高裁の判決よりもう一歩進んだ判決です。

法曹人口急増についての現役裁判官の本音

「修習生を一気に増やした結果、資質や能力の面でびっくりするような人が法曹になっている。…就職難等により法曹全体の魅力が低下すれば、法曹志望者の減少は避けられず、一層質の低下を招くことになる。」

 

判例時報2168号の巻頭に日本裁判官ネットワーク・シンポジウム「司法改革10年、これまでとこれから」のパネルディスカッションの内容が掲載されています。

注目はその資料7「法曹人口の拡大と法曹養成制度改革についての裁判官等の意見」です。

現役裁判官の個人的意見を聞く機会が滅多にない中で、その本音を知る貴重な資料だと思います。

 

冒頭の意見のほかにも、

「法科大学院と合格者増加による修習生のレベルの格差の大きさには驚きよりも不安を覚える。『競争させれば良い物だけが残る』という実証されていない幻想だけで運営されているとしか思えない。」

「即独では事件経験を積むのも難しい。そのため資質の差が登録後さらに拡大していく。」

等々直截的かつ刺激的な意見が紹介されています。

現役裁判官の心底からの憤慨や嘆息が直に伝わってくるようです。

 

自由競争によって需要と供給が適正に調整されるというアダム・スミスの命題は、需給双方とも合理的判断能力を備え、情報の非対称性がなく、その財が価格弾力性に富んでいる場合についてのみ当てはまるものです。

過少な法的需要に対して供給を適正に制限しなければ市場は失敗し、崩壊します。

法曹人口は既に飽和状態に達していますし、今後、弁護士に相応の報酬を支払ってまで解決しなければならない紛争が急増するとは思えません。

経験も積まずに能力など伸びるはずがありません。

既に負のスパイラルは始まっています。

供給を制限し、これ以上の法曹の質の低下を食い止めることが喫緊の課題です。

 

「司法を国民により身近なものにするには簡易裁判所の充実・強化を図るべきだったのであり、増大する法曹を弁護士ではなく、簡裁判事として採用し、地域で司法を身近にする役割を担わせるべきだったのではないか。」

簡裁裁判官の意見を読んで目から鱗です。

 

裁判官を判事(判事補)と簡裁判事に分けて別枠で採用することに合理性はあるのでしょうか。

検事が不足していた時代に窮余の策として設けられた副検事というポストを温存し続ける必要があるのでしょうか。

現状の就職難には焼石に水かもしれませんが、判事と簡裁判事、検事と副検事の一元化は、検討に値する課題だと思います。

(横井盛也)

 

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BIGマンは詐欺師か? 宝くじと競馬の課税

 

 

 

なかなかお金が貯まりません。どうしたらいいですか?

額に白星、中央にBIGの文字の赤い覆面BIGマンが人生相談に答えています。

「6億円くらい一気に貯めようと思ったら、BIGを買うしかないよね。」

質問と回答がかみ合っていないような気がしますが、BIGマンのいうとおりです。

宝くじは非課税なので、BIGで当選すれば6億円が貯まります。

 

街頭でティッシュとセットで貰った掌サイズの小冊子「6億円当せんデータ集」には、当選者の購入日の天気、購入曜日、購入時間帯の集計なども掲載され、「ま、結論を言うと、とにかく買わないと当たらないんだけどね。」とBIGマンが微笑んでいます。

射幸心を煽るのは問題だとは思いますが、余りにバカバカしすぎて詐欺だとか誇大広告だとかいう気にはなれません。

怪しげではありますが、BIGマンは詐欺師ではありません。

 

話変わって、競馬で3年間に計28億7000万円分の馬券を買って、うち約1億3000万円分が当たり、払戻金は計約30億1000万円也、というケースの所得税法違反事件が大阪地裁で審理されているとのことです。

 

競馬の払戻金は「一時所得」というのが国税庁の見解です(基本通達34-1)。

そうであれば、総収入金額から控除できるのは、「その収入を生じた行為をするために支出した金額」(所得税法34条2項)に限られ、その一時所得の額の2分の1を課税標準として(同法22条)、税額が計算されることになります。

検察側はこの見解に従って、所得税額を約5億7000万円としているのに対して被告人側は、実際の儲けは購入総額28億7000万円を控除した約1億4000万円に過ぎないと無罪を主張しているようです。

「営利を目的とした継続的行為から生じた所得」であれば雑所得として購入総額を必要経費として控除できます。

 

約1億4000万円しか儲かっていないのに、約5億7000万円もの所得税が課されるというのは酷な話です。

報道やネット情報によると、この被告人、本格的に予想ソフトを開発して継続的に営利を追求していたようですので、雑所得といえないでもない気がしますが、この件を雑所得とすると今後、一時所得との線引きの不明確さに問題を残しそうです。

裁判所は5月23日にどんな判決を出すのでしょうか。興味津々です。

 

ところで、宝くじの当選金は非課税なのに競馬の払戻金には課税されるということ自体、不思議な感じがします。

どちらも刑法で禁じられた賭博や富くじに該当するものを法律で例外的に正当行為としているものです。

国、地方自治体、独立行政法人の金儲けのための仕組みなのです。

競馬の収益が国庫を潤すことに鑑みれば、払戻金に課税するのは二重課税のような気もします。

 

とにかくBIGの当選金が6億円とか、競馬の払戻金が約30億1000万円だとか、何か遠い世界の出来事のようです。

逆進性に配慮せずに射幸心を煽り、不幸のどん底に引きずり込むこともある公営ギャンブルは、はたして健全な娯楽なのでしょうか?

(横井盛也)

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日本国憲法改正について 3

日本国憲法は、不幸にも国際法に違反する異常な経緯で制定されました。

すでに公布されてから66年以上が経過しており、一定程度定着し機能してきたことは否定できませんが、自立した独立国家として日本人の自由意思による憲法を創るべきだ、というのが私の意見です。

 

the potsdam declaration

「12 the occupying forces of the allies shall be withdrawn from japan as soon as these objectives have been accomplished and there has been established in accordance with the freely expressed will of the japanese people a peacefully inclined and responsible government. 」

 

ポツダム宣言には、

「日本人の自由に表明する意思(freely expressed will of the japanese people)によって平和的で責任ある政府を樹立」することが明記されています。

つまり宣言を受諾した日本はもちろんのこと、連合国側ですら、日本の憲法を制定することなど全く想定していませんでした。

 

日本国憲法は、マッカーサー個人の思い付きによって創られたものなのです。

日本政府は、マッカーサー草案を突き付けられて驚愕しました。

結局、天皇処刑の脅しに抗うことができず草案を受け入れざるを得ませんでした。

日本人の自由意思は完全に無視され踏みにじられたのです。

無念というほかありません。

 

そもそも占領軍が占領下の国の憲法を策定することは、重大な国際法違反です。

1910年に発効した「陸戦の法規慣例に関する条約」(ハーグ条約・日本は1911年に批准)の付属議定書43条には、

「国の権力が事実上占領者の手に移りたる上は、占領者は、絶対的の支障なき限、占領地の現行法律を尊重して、成るべく公共の秩序及生活を回復確保する為施し得べき一切の手段を尽すべし。」

と定められています。

占領軍は、現地の法律を尊重すべきことが規定され、憲法を策定することなど許されないというのが、当時も今も国際法の根本的ルールなのです。

 

外国の憲法を制定するなどということは、価値の一方的な押し付けであり、決して許されることではありません。

同じ敗戦国のドイツやイタリアは、自国民の発案による自主憲法を制定しています。

 

二度と不幸な過ちを犯さないよう、新憲法の改正条項には、

「この憲法を改正できるのは日本国民の自由意思によってのみであり、改正にあたってはいかなる外国勢力の干渉を受けない。」

という一文を入れるべきと思います。

(横井盛也)

 

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高校球児を虐待から救え――WCBに学ぶべきこと

第3回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で日本代表「侍ジャパン」は、オランダを16-4で下し、準決勝進出を決めました。

台湾との接戦を制した勢いに乗ったのでしょう。

さすがはプロ野球各球団からエースや中軸打者を選りすぐった精鋭チームです。

爆発したら手の施しようがありません。

この勢いで頂点を極めてもらいたいものです。

 

ところで、WBCを見ていて感心したのは、投手の投球数を制限するルールの合理性です。

≪ファーストラウンドでは65球まで、セカンドラウンドは80球まで、決勝ラウンドは95球までを原則とする。ただし、制限投球数が打席の途中である場合は、その打席が完了するまでは投球できる。50球以上の投球である場合は中4日以上、30球以上又は2試合連投の場合は中1日以上の間隔をあけること≫

とされています。

また、延長戦については、

≪12回終了時に同点の場合は、13回以降はノーアウト1塁、2塁から始める≫とされています。

プレーする選手にも観戦するファンにも配慮したルールだと思います。

 

高校野球も少しはWBCに学ぶべきです。

チームの勝利のためにエースが連投しへとへとになって力尽きる姿は、見ていて気の毒です。

特に夏の大会。うだるような暑さの中で地方予選を全力で戦い、灼熱の甲子園で100球も150球も全力投球させられる球児の健康が心配です。

エース投手の活躍に頼るのではなく、何人もの継投で勝利を目指す方が高校生の大会として健康的です。

高野連は、複数の投手の継投を勧めているようですが、非科学的な精神論は捨てて、投球数の制限を明確にルール化すべきだと思います。

(横井盛也)

 

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