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弁護士の日記帳

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横井先生の記事

連続ドラマ 「ギルティ 悪魔と契約した女」(全11話)

良心の呵責に苦しむのは人間だけ、悪魔に罪の意識など存在しない。

果たしてそうか。

 

第2話くらいで見るのをやめようかとも思ったのですが、ミステリアスな物語の展開にはまり、第8話以降は連続して見る羽目になりました。

ありえない世界を描き出せるところがドラマのよいところです。

 

15年前に義兄と甥を殺した犯人とされた野上芽衣子(菅野美穂)は、出所後生きる意味を無実の罪に陥れた者たちへの復讐に求めます。

復讐心を支えに生きる芽衣子が愛を知り、愛した方も愛された方も苦悩する姿がドラマの底流で哀愁を漂わせています。

天使と悪魔は表裏一体。優しさと残酷さの二重人格を演じきった菅野美穂の表現力に脱帽です。

ヤサグレ刑事の真島拓朗(玉木宏)、裏社会のゴシップネタを追う落ちぶれたジャーナリストの堂島基一(唐沢寿明)もいい味を出していました。

さりげなく数多くの伏線を敷き、謎解きのように徐々に真実を明らかにしていくストーリー展開と巧妙な復讐の手口に感心しました。

 

その一方で、最終話のペットサロンオーナーの小山内 琴美(横山めぐみ)の独白は視聴者を驚かすために取ってつけた過剰な演出だったと思いますし、三輪周平(モロ師岡)の失踪は全体の中で浮いていたと思います。

15年前の回想シーンの演出に工夫が足りなかったこと、なくてもよい暴力的アクションが目立ったこと、前半がやや冗長でわかりにくかったこと、悪徳弁護士松永征一(石丸謙二郎)があまりに憎らしく弁護士のイメージを損ねはしないか心配となったこと、など突っ込む余地も多々ありました。

 

ということで、総合評価は、★★★☆☆ です。

 

フジテレビ系列で2010年10月から12月に放映されていたようです。DVDをTSUTAYAで借りることができます。

(横井盛也)

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日本国憲法改正について 4

護憲派は、「世界唯一の平和憲法を守ろう」などと主張しますが、悪質なデマとしか言いようがありません。

 

9条1項「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」

 

これと同趣旨の戦争放棄や平和主義は、今や世界中の国々の憲法に謳われています。

今や戦争放棄や平和主義を掲げていない国の憲法を探す方が困難です。

 

そもそもこの9条1項は、

第一次世界大戦後の1928年(昭和3年)に米、英、独、仏、伊、日本といった当時の列強15か国が署名し、のちにソ連など63か国が署名したパリ不戦条約(「戦争抛棄ニ関スル条約」)の第1条

「締約國ハ國際紛争解決ノ爲戰爭ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互關係ニ於テ國家ノ政策ノ手段トシテノ戰爭ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳肅ニ宣言ス」

を表現し直したものに過ぎません。

 

国連憲章の第2条にも、

3項「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない。」、

4項「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」

といった規定があります。

 

戦争放棄や平和主義は、世界中の国々の規範となっており、普通の国の一般的な常識なのです。

 

だから、護憲派が「日本は世界で唯一戦争放棄を謳った憲法を有している」とか、「だからこそ胸を張って世界に平和主義を主張することができる」などというのは、そもそも前提事実を誤認した上での誤った主張です。

護憲派は、正確に「世界で唯一の戦力不保持を定めた憲法を守ろう。」と主張すべきなのです。

 

9条2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

 

日本に多大な混乱を引き起こし、国益を損ね続けた世界で唯一の規定です。

果たしてこれを護憲派がいうように自衛権すら否定したものと解釈すべきなのでしょうか、それとも1項の目的を達成するため、つまり国際紛争を解決する戦争遂行目的のための戦力不保持や交戦権の否定を定めたものと解釈すべきなのでしょうか。

 

残念ながら憲法制定当時は、前者だったのだと思います。

マッカーサーは、「日本は危険な国なので、いかなる戦力も持たせてはならない。」と考えたのではないでしょうか。

そして、これを受け入れない以上、日本は独立国家として再起が認められなかったのだと思います。

ドイツが、ナチスを擁護する表現を禁止する憲法を定めなければ独立国家として再起が認められなかった状況とよく似ています。

 

しかしながら、敗戦のトラウマをいつまでも引きずるべきではありません。

固定観念に縛られ続けるのは、国益を損ねるだけです。

個人の正当防衛権を否定できないのと同様に独立国が自らを守る権利は憲法によっても否定できない自然権です。

自衛権を否定するなら、あとは侵略者を呪い殺すしかありません。

元寇のときのように都合よく嵐が吹くとでもいうのでしょうか。

現行憲法66条2項は、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。」と武官の存在を前提とした規定となっており、自衛のための戦力を認めた根拠条文と考えることができます。

国連憲章51条も「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」と自衛権が自然権であることを認めています。

断じて後者として解釈すべきでしょう。

 

でも、前者か後者かなどといった解釈論議に終止符を打ち、早急に憲法の規定を改正すべきです。

日本は、他の普通の国々と同様、国防軍を持っていても、自国や世界の平和を守るためだけにその力を発揮するよう十分制御できる国になっているのではないでしょうか。

(横井盛也)

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「我が闘争」 ヒトラー著 

 ナチスドイツの独裁者アドルフ・ヒトラー(1889-1945)の著作として世界的に知られる「我が闘争」(Mein Kampf)。

新聞の国際面の目立たない記事によると、ドイツ政府は、連邦議会において、著作権保護期間が切れる2015年末以降も出版を禁止する意向を示したとのことです。

ドイツ国内で出版が禁止されていたことを知り、驚きました。

 

日本なら現行憲法で「集会、結社及び出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」(21条1項)、「学問の自由は、これを保障する」(23条)と定められており、いかに危険な思想が表明されていようが、そのことを理由に出版を規制することはできないはずです。

もちろん「我が闘争」も角川文庫の翻訳版で読むことができます。

 

 ドイツでは、第2次世界大戦後、ナチスを擁護する表現自体が憲法や刑法で規制されました。

そうでもしなければ、独立国家として再起できなかったであろうことは容易に理解できます。

 

しかし、未だにドイツ国内では、公衆の面前でナチスの歌を歌うことやシンボルのハーケンクロイツを示威することは犯罪なのです。

「我が闘争」はヒトラーがミュンヘン一揆の失敗により投獄中に執筆し、政権をとる8年前の1925年に発表されたナチスのバイブルであり、アーリア人の人種的優越を主張して激烈に反ユダヤ主義を説くなど独特な国家観を示した扇動の書です。

今となっては、極限に置かれたときの人間の思考原理や国家の行動原理を知る上で貴重な史料と思うのですが、戦後70年を経過してなお出版禁止とは。

ドイツには表現の自由や学問の自由の保障がないのでしょうか。

ドイツは、未だに第三帝国の再来を恐れているのでしょうか。

 外国のことをあれこれ言うのも何なのですが、「ナチスは悪だから絶対に復活させてはならない。」といった固定観念にとらわれて過ぎているように思えてなりません。

 

日本でも戦前をすべて否定するような歴史観が語られることは珍しくありません。逆に戦前を美化する言説も見られます。

言論に対しては言論で対抗すべきであり、言論自体を否定すべきではないと思います。

思想信条の自由、表現の自由、学問の自由は、最大限に尊重されなければならない人類普遍の大切な権利だと改めて感じた次第です。

(横井盛也)

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会派のボーリング大会

 大阪弁護士会の7つの会派のうち、当事務所が所属する法曹同志会のボーリング大会に参加してきました。

19チームのうち当事務所チームは9位、71人のうち私は13位でした。

なかなか良い成績だったのではないでしょうか。満足です。

日頃の運動不足の解消にもなりましたし、大会後の食事も美味でした。 

 

ところで、会派とは何かと問われると、私にもよくわかりません。

熱心に活動をして下さっている先生方には大変申し訳ないのですが、私が定義するとしたら、定期的に懇親会やボーリング大会等を主催してくれる親睦団体ということになりそうです。 

 

最初に就職した事務所のボスが所属する会派に自動的に入るという運用のようで、大阪弁護士会所属のほとんどの弁護士が7会派のうちのどれかに入っているようです。

なぜ7つの会派なのか?

大阪弁護士会の副会長は7人だからと聞いたことがあるのですが、最少人数の法曹同志会は、ここ数年のうち3回、副会長を擁立できていません。

弁護士が爆発的に増えたことにより事務所の経営環境が厳しくなり、手を上げる人がいないというのが理由のようです。

会派によっては、副会長を経て会長、さらには日弁連会長の座を狙った争いが熾烈なところもあるようですが、我が法曹同志会は、そんな人事抗争とは無縁です。 

 

来年は、事前に練習を重ねてもっと上位の成績を狙ってみようかな(^v^)。

私は、今後とも気が向いたときにイベントに参加する「お気楽会員」であり続けると思います。

 

(横井盛也)

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連続ドラマW 「推定有罪」(全5話)

DNA鑑定技術の進歩により殺人犯として12年間服役をしていた男の冤罪が証明されたところからドラマは始まります。

罪を着せられた篠塚(國村隼)が失った12年の歳月の重みだけではなく、再審で無罪を証明した石原弁護士(黒木瞳)、週刊誌記者の加山(仲村トオル)、12年前に捜査を担当した浅田刑事(陣内孝則)、篠塚の娘の美保(本仮谷ユイカ)、被害者の姉の弘子(ミムラ)ら冤罪事件に様々な立場で関わった人々の苦悩や葛藤を克明に描いた社会派ヒューマンドラマです。

 

犯人とされた人のみでなく関係した多くの人の人生を狂わせる悲劇の詳細を描くことで冤罪事件を生むことの罪深さを訴えたかったのだと思います。

その意欲は買います。

でも、過剰な物語や演出によって、その意図が空回りしている印象がぬぐえません。

 足利女児殺人事件を題材としたことが余りにも明らかです。

フィクションというには中途半端で、登場人物に素直に感情移入することができませんでした。

 

冤罪事件を生むきっかけとなったスクープ記事を書いた週刊誌記者を主人公とし、検証記事の取材を軸にストーリーを展開するという構想にそもそも無理があったと思います。

犯人とされた者の親族に及ぼす影響をも描こうとした点は好感が持てるのですが、なぜ篠塚の娘が、無実の証明された篠塚に会いたくないのかよく理解できませんでした。

被害者遺族の執念深さは異常過ぎて共感できませんし、石原弁護士(黒木瞳)の物の考え方、活動の仕方にも同業者として反感を覚えます。

 

とはいっても、現実の世界では、ドラマの題名のとおり「推定有罪」がまかり通っています。

逮捕された段階から容疑者として実名で報道され、「疑わしきは被告人の利益に」という理念は踏みにじられています。

(警察や検察が被疑者名を発表するなど本来あってはならないことです)。

無実の者を処罰することは、真犯人を処罰しない以上に社会的な害が大きいのだ、という真理を何度でも再確認することが必要です。

そんな意味で、一見する価値は十分にあるドラマだと思います。

総合評価はやや厳しめに ★★☆☆☆(星2つ)です。

(横井盛也)

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