- 2013-05-10 (金) 17:27
- 横井弁護士
憲法9条1項の戦争放棄や平和主義は、今や世界中の国々の憲法に謳われており、普通の国の一般的な常識です。
多大な混乱を引き起こし続けているのは、9条2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」の部分です。
自衛権すら否定したと主張する護憲派もいますが、独立国家が自衛権を持つことは当然のことです。下記の憲法制定の経緯に鑑みても1項の目的を達成するため、つまり国際紛争を解決するための戦力不保持や交戦権を否定したと解釈すべきことは明らかです。
同項を改正して不毛な議論に終止符を打ち、名実ともに日本も普通の国になるべきなのではないでしょうか。
マッカーサーは、1946年(昭和21年)2月3日、GHQ民政局長ホイットニーに「マッカーサー3原則」(マッカーサー・ノート)を示し、日本国憲法草案を作成するよう命じました。その第2原則。
「War as a sovereign right of the nation is abolished.
Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security. ……
No Japanese army, navy, or air force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.」
邦訳すると
「国家の主権としての戦争は廃止される。
日本は、紛争解決の手段としての戦争だけでなく、自国の安全を維持する手段としての戦争さえも放棄する。……
日本が陸海空軍を保有することは、将来ともに許可されることがなく、日本軍に交戦権が与えられることもない」
つまり、マッカーサーは当初、日本の自衛権を否定するつもりでした。
しかし、2月12日に完成したGHQ草案では、
「国民ノ一主権トシテノ戦争ハ之ヲ廃止ス他ノ国民トノ紛争解決ノ手段トシテノ武力ノ威嚇又ハ使用ハ永久ニ之ヲ廃棄ス
陸軍、海軍、空軍又ハ其ノ他ノ戦力ハ決シテ許諾セラルルコト無カルヘク又交戦状態ノ権利ハ決シテ国家ニ授与セラルルコト無カルヘシ」であり、
「自国の安全を維持する手段としての戦争さえも」の部分が削除されています。
民政局運営委員長ケーディスが自衛権を認めないのは現実的ではないと削除を主張し、マッカーサーがこの修正を黙認したとされています。
そして6月25日に衆議院に上程された政府案の9条2項は、
「陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない」でした。
これに芦田均(後の首相)が委員長を務める小委員会が「前項の目的を達するため」の文言を入れる修正案を出し、成立します。
自衛のための戦力の保持が許されることを明確にしたのです。
ところが、この芦田修正に極東委員会が反応し、文民条項を要求します。
そこで、貴族院における修正により、66条2項「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」が追加されることになったのです。
自衛隊は、「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする」(自衛隊法3条1項)とされ、立派にその任務を果たしています。
英語表記はこれまでもずっと「Japan Self-Defense Forces」、邦訳すれば「国防軍」です。
日本を軍事国家にするためではなく、現実に即したものにするための憲法9条の改正が必要です。
私は、心から日本のそして世界の平和を願っています。
(横井盛也)
※国立国会図書館の電子展示会「日本国憲法の誕生」のウエブサイトで憲法制定過程における数多くの貴重な資料が公開されています。
http://www.ndl.go.jp/constitution/
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