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色褪せぬ名著  「船乗りクプクプの冒険」(北杜夫著・集英社文庫)

 

「まえがき」とたった2ページの本文に244ページの白紙が続いて、最後に「あとがき」。

こんなふざけた「船乗りクプクプ」という本を読んでいた少年タローが白紙の中に引き込まれ、クプクプとなってハチャメチャな冒険を繰り広げます。

でもなぜ、白紙なのかって? 

それは、小説家キタ・モリオがどれだけ努力をしても原稿を書くことができず、編集者に追われて目下逃走中だからです。

クプクプは、老船長、ナンジャ、モンジャ、ジッパヒトカラゲらとともに大海原を旅することになり、嵐に遭ったり、ナマケモノだらけの島や優れた文明を持つ土人の島に上陸したりします。

そして、編集者に追われたキタ・モリオと出会い、原稿を書いてもらって元の世界に戻ろうとするのですが……。

 

ファンタジーノベルの最高峰といえる名作だと思います。

最初に読んだのは、およそ35年前。中学生になったばかりの頃だったでしょうか。

ユーモアとギャグに満ち溢れ、とにかく面白かったというのがそのときの感想です。

そして、昨日、新装版で復刊した文庫本を本屋で見つけ、読んでみることにしました。

かわいらしいイラストの表紙にひかれ、ふと童心にかえってみたくなったのです。

面白いものは何年たっても面白いのであり、奇想天外な空想の世界に心を癒されました。

 

心を癒す――。北杜夫(1927~2011)の主題もそこにあったのだと思います。

原稿が書けずに編集者に追われているキタ・モリオや嫌いな宿題に悪戦苦闘するタローは、ストレスが充満する社会でもがき苦しむ現代人の象徴であり、その対極としてナマケモノや土人の生活が描かれています。

彼らの住む島は、確かにハチャメチャな世界ですが、彼らとのふれあいの中で何かほのぼのとした精神的な豊かさを感じることができるのです。

さりげなく文明論が散りばめられた秀逸なファンタジーといってよいでしょう。

 

書面の作成に日々追われている身にあって、心癒されるひと時が過ごせたことに感謝です。

(横井盛也)