- 2012-06-29 (金) 17:58
- 横井弁護士
「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。」(刑法130条)。
人の家に勝手に入ったり、出て行ってくれと言われたのに居座ったりした場合に適用される条文です。
では、マンションの共用部分に勝手に立ち入った場合はどうなるのでしょうか。例えば認知症の高齢者が自分の管理するマンションと勘違いして廊下を歩いたからといって刑罰が科されるといったことは決してあってはならないと思いますが、例えばオートロック等の設備があるにもかかわらず侵入して強引な宗教の勧誘をするなど態様が悪質であれば処罰ということも大いに考えられると思います。
ところで、マンションの共用部分は、上記条文の「住居」、「邸宅」、「建造物」、「艦船」のいずれにあたるのでしょうか。
条文を見てわかるとおり、「住居」、「邸宅」、「建造物」、「艦船」の4分類しかなく、「住居」以外であれば「人の看守」するものでなければなりません。
これまで共用部分への侵入が問題とされた裁判例をみると、平成20年4月11日の最高裁判決及びその原審は、第一審が「住居」と認定したのに対して、「邸宅」と認定し(防衛庁立川宿舎事件)、平成21年11月30日の最高裁判決は、第一審及び控訴審が「住居」と認定したのに対し、特に判断を示しませんでした(葛飾マンション事件)。
私が弁護人を務めた事件では、「住居」に立ち入ったとして起訴されたのですが、「起臥寝食の場と考えるには無理があるので住居ではない。建造物である。」と弁論したところ、検察官は、判決の直前になって「住居」から「邸宅」に訴因変更(起訴状の訂正のようなもの)をしてきました。
最も驚いたのは、被告人です。「私は、マンションの共用部分には立ち入ったが、邸宅になど入った覚えはない!」と。
大辞泉によると、邸宅とは「家。すまい。特に、構えが大きくて、りっぱな造りの家。やしき。」とあります。
確かに「邸宅」とは、違和感を覚えます。オートロック等の設備によって強度の閉鎖性がある場合は別として、誰もが簡単に入れるマンションの共用部分は、普通に考えれば、「住居」でも「邸宅」でもないように思います。となれば、残るは「建造物」か。
明治41年の刑法制定当時には、そもそもマンションの共用部分などといった発想はなかったはずです。平成7年の刑法現代語化の際にも、マンションの共用部分への不法侵入といったことは余り意識されなかったのだと思います。
法律用語と一般用語の乖離を縮めるべく、不断の法改正の努力の必要性を感じます。
(横井盛也)